2009-01-10
日本周遊紀行(123)深江 「雲仙・普賢岳」

写真:普賢岳と火砕流跡
雲仙・普賢岳の噴火で山様が一変し、新たに「平成新山」と名付けられた・・、
雲仙の新湯温泉に浸かり、身も心もさっぱりして雲仙高原を後にした。
下る途中、直に仁田峠へ向かう「仁田峠循環有料道路」というのがあり、厳(いかめしい)しい通用ゲートがあって聞くところ700円が通行料として必要らしい。二度と来る機会が無いかもしれないので大枚を叩いて訪ねることにした。さすがに良く整備された道路で、まさしく観光地の峠である。雲仙の真っ只中にあり、標高は1080mと半島の中にある峠にしては思ったより高い。展望地は深江町と小浜町の境にあり、どうやら、急速に天候も回復したようで、島原半島から九州阿蘇方面までを一望できる。正面に大迫力の普賢岳、反対側には島原湾方面の雄大な景色が堪能できる。仁田峠の展望所にはロープウェイもあり、更に絶景を楽しむことができるようだが、さすがこちらは遠慮した。
有料道路を一回りして国道57から深江町方面へ下ってゆく、その後、島原から熊本へ向かう予定である。
ヘアーピンカーブが連続する急坂を慎重に下る。途中、小さな園地があって「新観光100選の地」と記した石碑が建っていた。 下界は島原の沿岸から、熊本、阿蘇の山並みが遠望できる。下る合間にあの普賢岳の荒々しい姿が樹木の間から確認できるようになった。
下るに従って雲仙山麓の東側の深江町からは、普賢岳(ふげんだけ)の全容が一望できるようになった、道路を選びながら当山と火砕流の跡が克明に見通せる場所を辿った。R57のやや上部、文字通り水の無い「水無川」沿いに車を止めた。
この「水無川」こそ、火砕流の本源・本拠地であった。
普賢岳の山頂付近は、溶岩ドームと言われるどす黒い岩肌が折り重なり、白い噴煙が今も吐き続けている。その下の所謂、富士山型の錐形には流れ皺(しわ)を造って赤茶けた山肌が異様であり、威容である。 その麓から火砕流、土石流、泥流、地すべり等の様相で眉山、その他の山裾を削りながら流れ落ちている鮮やかな痕跡が今もハッキリ見て取れる。 直下の小山で二方向に分かれた流れは、下部で再び合体して本来の水無川を乗り越え、大幅な流域を広げながら下部に達している。 流域幅は、数百米もあろうか・・?、今も延々とした堰堤、土留め工事が進行中のようである。 流跡は上部では赤茶けた土砂に大石がゴロゴロ浮き出ているような荒涼たる風景で草木の緑は全く見受けられない。ただ下部堰堤付近では所々、短い草の青が確かめられ、多少の年月は感じられる。
普賢岳は1990年11月に噴火、91年6月3日に大火砕流が発生、大災害となったのは記憶に残る。 地質学上の調査では推測される現象でしかなかったと云われる火砕流が、現実のものになったのである。当初発生した小規模であるが、現実の火砕流が発生したということ事態、衝撃的だったことから取材競争が過熱し、ここで世界で初めて鮮明な映像として記録された火山としても有名になった。 そして、その後に発生した大規模な「大火砕流」に、取材陣や警備担当者が巻き込まれた関係者も多く、本当の衝撃的事故が発生したのである。
火砕流とは・・・。
一言で云うと、「高温のマグマの細かい破片が、気体と混合しながら流れ下る現象」。
普賢岳の溶岩は粘度が高く、溶岩流となって流れ落ちるかわりに火口付近に大きな溶岩ドームを形成する。この巨大溶岩ドームが堪えきれずに崩壊する現象が火砕流である。 火砕流は高熱の火山岩塊、火山灰、軽石などが高温の火山ガス、そして周囲の空気を取り込み反応爆発を繰り返しながら山の斜面を流れ下る現象で、流下速度は時速100kmを越えることもあるという。また、極めて高温なため火山の噴火現象の中でももっとも危険なものの一つだという。
雲仙・普賢岳の最初の火砕流は、溶岩ドームが現れた平成3年5月20日から4日後に発生している。 次の平成3年6月3日に発生した大火砕流は、巨大な黒煙を上げながら水無川に沿って猛スピードで流れ落ち、北上木場地区を飲み込んだ。避難勧告地区内で警戒中の消防団員、警察官、取材中の報道関係者などが巻き込まれ、死者40人、行方不明3人という犠牲者を出した。また、人家や農地、山林などを広範囲に焼き尽くした。火砕流が非常な高温だったため、火砕流の本流に飲み込まれた人々は骨までも溶かされてしまったらしく、行方不明者は大半が遺体さえ見つけられないという珍しいケースとなった。
火砕流はその後も続き、6月8日には更に大規模な火砕流が発生、人的な被害はなかったものの火口から6km下流の国道57号付近まで到達し、207棟の家屋が焼失、倒壊した。9月15日には普賢岳北東斜面で最大規模の火砕流が発生、「おしが谷」を下り先端は上木場地区に到り、白谷町まで達したという。又、火砕流に伴う広範囲な熱風によって、深江町大野木場地区、島原市上木場地区で住宅・山林火災が発生し218棟が焼失、倒壊した。その後も火砕流は頻繁に発生し、噴火活動が終息するまで実に9432回の火砕流が発生したという。一日最多の記録では平成6年8月25日の68回が数えられるという。
溶岩の総噴出量は2億4千万立方メートル、福岡ドームの135杯分、東京ドームの190杯分。島原市民は何時果てるともしれない火砕流の恐怖とともに生活が続けられた。
雲仙山系の主峰・普賢岳(1359m)が、山域上部から噴火活動を開始したのは平成2年11月17日頃であった。 その後、断続的に噴火が起こり溶岩ドームを盛り上げ、新山を形成していった。後に「平成新山」と命名、こちらの方は旧山のそれより高く1489mもある。
現在、噴火活動はようやく収まり溶岩ドームも雄大な景観を持つ雲仙岳の一部となった。
今はまだ両者は別々の山体のように見えるが、やがて新山の方も雑木で覆われて、見る角度によっては双耳峰の様相を呈するようになるのではといわれる。
島原市は小浜町とともに、最初の溶岩ドームが出現して5年目を迎えた平成8年の5月20日に、このドーム部分を「平成新山」と名付け、長く続いた災害と新たな復興の記念としている。 平成新山の標高は、平成7年6月の1488mをピークに、現在はやや縮小して1482.7m(国土地理院火山基本図より)であり、それでも普賢岳の1359mを抜いて雲仙山系の最高峰になっている。 平成新山は火口から吹き出した溶岩が冷えて固まったもので、その容積は約1億立方メートル、実に東京ドーム84杯分と言われる熱い岩の固まりが出現したことになる。噴火活動は終息したが、平成新山の内部はいまだに高温を保っているという。
次回は、火砕流の赤裸々な被害痕跡が保存されてる、深江町「道の駅」
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【閑話休題】
「旅館、公共の宿・J-Yado」
小生などとっくに過ぎてしまったが・・、今、団塊の時代と言われて久しい。
60歳の定年期を迎えて第2の人生を歩もうとする時、これほど最大のキッカケはないのである。 例えば旅のことである。
「旅はカンフル剤」」といったのは著名な作家・五木寛之であるが、旅というのは日常空間から、日常住み慣れた地域から先ず飛び出す事から始まる。或いはヒョットすると、旅の中で第二の人生を発見出来るかもしれないのである。
「たび(旅)」の語源は不定であるが、その意味上の共通性やアクセントの面から、「とぶ(飛)」との関係や、度数を表わす「たび(度)」が「たび(旅)」が転じたものともいう。 英語でいう「トラベル」とは旅行のことで、普通にはツアー会社の旅行を想像するが、トラベルという英語の語源は「トラベイユ」(労苦、苦労の意味)、フランス語の語源「トラベラー」(拷問の意味)に近い状態であるという。 ラテン語の語源では、なんと「拷問、拷問のための責め具、拷問台」という意味もあるという。 それを受けて「つらいこと」や「苦しみ」という意に派生し、現在では「旅」という意味を持つに至っているという。 尤もで、一昔は「旅」というのは自分の脚で歩いて移動したものであって、そこには多大な苦労や苦痛があった筈である。然るに、語源の「トラベイユ」というのは納得なのである。
又、「可愛い子には旅をさせよ」という諺を例にとってみても、旅というものに対する前途多難さや、若者もしくは学を志す者たちのとって「旅」とは何らかの苦行から切り離せない意味合いが含まれているということも感じ取れる。 旅が、我々に楽しみや喜びだけを付与する存在であるとは言い切ることはできないのである。
さて、元々、若い頃より旅が好きで、今まで日本中をランダムに駆けずり回っていたが、熟年になった今日、念願かなって2006年に「日本一周の旅」を終え、現在、盛んに「日本周遊紀行」と題して回想しながらの執筆し、そしてブログに投稿中であります。
ところで、小生であるorimasa2005は、自称・旅行者と称してますが、あくまでも趣味の範囲ですが・・!。
過去に、北海道ツアーや九州へ伺った時、札幌・ススキノや熊本城下のドーミーインの癒しの湯宿・ホテル に厄介になったけど、ナカナカ良かったですよ・・!。ここのホテルの特徴は、ビジネスホテルでありながら観光ホテル並みに、大浴場や天然温泉が在ることですね。 特に、地方から東京へ出られる人は、ど真中の 「ドーミーイン東京八丁堀」 はお勧めですね、天然温泉の亀島川温泉というのが付いているよ・・!!
それでも年に数回は、高級旅館でユッタリ、ノンビリの和風の宿も いいですよね、夫婦で憧れの旅館で 何てね・・。 それでも、毎度まいど各地を訪ねる時は、やはり庶民感覚の大衆旅館や公共の宿 が普通でしょう。 それにしても今、「かんぽの宿」の売却で問題になってますね・・、合理化云々で公共の宿がどんどん減らされてゆく現状・・!、我々にとっては残念でなりませんよね・・!!。
それでも、普通の好みの旅行に出かけるには格安のツアー旅行 が一般的で多いですかね、こんな時は便利に利用しているのが近畿日本ツーリスト ですね・・、小生は、北海道、沖縄そしてスキーツアーや目的別のツアー等に多く利用してますよ・・!。 勿論、海外へチョット遠くへ出かけるには飛行機で一っ飛びは常道で、早目に予約すると相当割引になるのが嬉しいね、格安航空券のイーツアー は、つい最近ハワイへ行くのに利用しましたよ、勿論、通常のパックツアーやホテル込みの海外ツアーには時折利用してますkwどね・・。
それでも年がら年中、旅ってばかりではなく、家にいる時はノンビリ昔懐かしのTVで、フランスのワインボルドーなどを傾けながら、大迫力の広い画面で・・!ひかりTVでNHK番組 や NHKオンデマンド 、で楽しんでます。 特に、世界遺産や旅、温泉番組はいいよね・・!。
尤も、旅行以外は出不精の小生、若い頃より読書は趣味の一つで、特に好きなものは時代小説はいいですね・・!、今も、パソコンの合間に読んでます。ただ、付近に本屋が無いので、たまにはこちらビーケーワン に注文してます。 そして、昼時など、時には宅配の「吉野家の味」 を家で味わってますよ、拙宅のお年寄りも「美味いもんだね」と喜こんでいます。
それでは引続き、「日本周遊紀行」お楽しみに・・。
尚、この度、【日本周遊紀行「東日本編」】と題して、「自主本」を出版の運びと成りました。
更に、日本周遊紀行「特別編」(世界遺産関係)を近々出版する予定です。 詳細は後ほど・・・。
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