2008-12-01

日本周遊紀行(73)土佐清水 「ジョン万次郎」

足摺岬灯台
ジョン万次郎
写真:足摺灯台とジョン万次郎の像


足摺岬に「ジョン万次郎」の勇士が立つ・・、


河口付近で国道321は四万十川と別れ、一路、足摺岬を目指す。 
山域に入り伊豆田峠のトンネルを抜けると土佐清水に入る。 川沿いを緩やかに下ってゆくと、加江という所で再び海岸に出る、こちらも見晴らしの良い快適なドライブウェイである。 間もなく足摺半島の付け根部に当たる以布利でR321と別れ、県27(足摺岬公園線)にて足摺の岬を目指す。 今度は、いきなり細い曲がりくねった道で、些か閉口しながら上り下りを繰り返す、すぐに二車線の広い道に出たようであるが、これは足摺スカイラインに通ずる内陸への道のようである。小生はこのまま沿岸道を目指す、海岸の高目を道が延びていて、土佐湾の見晴らしも良く快適である。
窪津の小さな港・漁港に着くと漁船の傍らに年配の婦女が数人タムロしていて、水揚げされた魚類を選別しているようである。うらぶれたような地域だけに、妙に印象的な風景である。 この先を登りきった所が窪津埼で、突端に白亜円形の灯台が立っていた。 灯台は草生した、誰も訪れる人がないように、孤高に海に向かって立っている。 海面より50mの高さであろうか、約30km先の海洋を照らしているという。 鄙びた漁港のすぐ上に投光があり、漁船・漁民にとっては、かけがえのない「安心の光」であろう。 周辺は、南国の日差しはとても暖かく、灯台の周辺は色とりどりの花が咲き、蝶も舞っている。 灯台のすぐ下は断崖絶壁で、海岸には岩礁が発達し、岩場が点々と大洋に延びている。 太平洋の紺碧の眺めは雄大で、窪津の漁船であろうか・・?、のんびりと・・?漁をする船の姿も散見される。
孤高の灯台と対比させながら、人影一人と無いこの地に立って、長閑で、大らかで、心が伸びやかになるのを覚える。「孤独の味」を味わいながら、それでも旅に出て良かった、としみじみ実感する瞬間でもある。 チョット、センチになった気持ちを入れ換えて、更に前進する。
ダートのコースではないが、細く、曲がりくねった道が暫く連続する、時には南国の樹林帯の中を潜るように、くねって、くねって・・。 忘れかけたような小さな集落を目にしながら、こんな僻地にも人が住んでいるのか、と不思議に感じながらも、その民家の庭先とも思えるような道を遠慮がちに通過する。
時折、チラッと左手に大洋を望みながらも、緊張感で何の感慨もなく、ただ、ひたすらに目の前の道をめがけて突き進む。 時折、二車線の新装なった綺麗な舗装道路に出るときもあるが、又、再び鬱蒼とした林の中のクネクネの一本道である。 白装束のお遍路さんとすれ違う時など、遠路の安全を祈らずにはいられない、やはり四国らしさを感ずる。 幾つかの部落を通り過ぎて、明るい開けた、見通しの良い地の岬に達したようだ。
更に車を前進させると、今迄とは、うって変わって明るい賑やかな広場に達した。ざっと見渡しても右手に第38番札所の「金剛福寺」が有り、道路をはさんでお寺の前の駐車場近くには、「中浜万次郎」の大きな像があった。一帯が広場になていて、公園風によく整備されている、区画された駐車場の横には数件の御土産屋さんも並んでいる。 舗装された遊歩道は、岬の先端に延びてて、足摺灯台へ達しているようだ。

ところで、土佐の高知は、大きく弓なりの土佐湾を東西で室戸半島(岬)と足摺半島が挟むような姿である。この足摺岬が高知は無論、四国の最南端に当たり、強いて言えば土佐湾と太平洋を隔てている。 そのため足摺周辺は黒潮の影響も強く受ける温暖なところでもあり、ビラン、アコウ、椿など亜熱帯性の植物も繁茂している景勝地である。この地域一帯は足摺宇和海国立公園にもなっている。 先刻、室戸岬を訪れた時は、名前のわりには人の手が加わらず、自然のままの姿が印象に残っているが、この岬は、よく手が加わえられ整備されていて、室戸とは好対照なのが面白い。
早速、灯台へ向かおう・・、自然遊歩道に従って行くと、うっそうとした椿のトンネルがあり、散歩気分で程なく高台の草原に立つ「足摺灯台」が現れた。四国の最南端の突端に立つ、白亜でロケットをイメージした灯台は、ひときわ大きく目立って佇立している。 標高(平均海面〜灯火)が60m(地上から塔頂までは18m)、光達距離は約40kmといわれる。残念ながら内部の一般公開はさていないようだ。 断崖絶壁に立つ灯台の周囲は展望台にもなっていて潮風が強く、岩礁に砕ける白い波頭や無際限な太平洋の風景は実に圧巻である。自然遊歩道沿いには、「足摺自然七不思議」なる物があるそうで巡ってみたいが、時間の都合もあり遠慮した。

戻って、広場に立つ「中浜万次郎」(ジョン万次郎)の前に来た、 高知を巡って何れの偉人像もうであったが、四角い台座に大洋を見ながら堂々と立つ。 

『万次郎は不思議な人だ。大名とも話すし、乞食とも話す』・・中浜博(ジョン万次郎のひ孫)「私のジョン万次郎」より。
当時、海外渡航は国禁だった。 米国へ渡った万次郎は、日本人としては最高の英語の使い手であり、 この「必要性」が封建時代を支えてきた身分制度を突き崩したのである。

万次郎のことは先にも若干記したが・・、
この地・土佐の国・中浜村(現在の土佐清水市)の漁師として生まれている。 14歳の時に漁に出て遭難し、奇跡的に太平洋に浮かぶ無人島の鳥島に漂着した。 そこでアメリカの捕鯨船に仲間と共に救われるが、日本は当時、鎖国であったため、万次郎はアメリカへ護送されることになる。 「ジョン」という愛称はこの時の捕鯨船の名前ジョン・ホーランド号とって付けられたという。
以降、鎖国中の日本には帰らず、船長の家(ホイットフィールド船長)で養子となって約3年半のアメリカと生活となる。その間、万次郎は学校にも通わせてもらい、個人教授を受けて英語を完璧に話すようになり、名門の学校にも通って基礎的勉学も身に付ける。航海術、測量術も修め、再び捕鯨船に乗って働き、やがて米国船の副船長にも選ばれて太平洋・大西洋・インド洋を巡航し、鎖国時代の日本人としてはめずらしい世界体験をしている。
世界の各地を航海した万次郎は、その後、船を購入しハワイに寄港、1851年に日本への帰国を果たす。帰国は鹿児島に上陸しているが、直ちに故郷には帰れず、長崎で鎖国中の幕府から尋問や取り調べを受け、一時、牢屋にも入っている。そして遂に、嘉永5年10月(1852年)、故郷土佐の中村に帰ることが許された。
この時期の日本は、黒船の出現など対外国の圧力が強まり、政治的にも世情騒然、分明開化の嵐が吹き荒れる最中であった。万次郎は土佐藩に西洋技術を教えるなど才能を買われて土佐藩士となり苗字帯刀をゆるされる。(武士になった)この際、生れ故郷の地名を取って「中浜」の姓が授かっている。
幕府は、ペリーの来航によってアメリカの知識の重要性を認識していたことから、万次郎を26歳の若さで幕府に直参旗本という前例のない待遇で召し出した。  江戸では通訳も務め、またアメリカで身につけた学問を基に各地で講師としても活躍する。 地元高知では、坂本龍馬も万次郎から聞いた世界観に影響を受けたと言われる。
ところで、アメリカ合衆国は20世紀の一時期、日本と戦火を交えたが現在の国際化時代、日本と最も友好関係にある国といえる。 アメリカは150年前の国の歴史に、おそらく日本人として一番最初に名を留めた人物はジョン万次郎であったろう。
太平洋、遥かなアメリカに影響を直接受けたジョン万次郎が、大洋に向かって立っている姿は、至極、納得させられるのである。

『足摺岬』 唄・鳥羽一郎  詩・星野哲郎 
海が裂ける 岩が吠える       虹をつかみ 雲にのって
足摺の 荒ぶる岬に立てば     足摺の 波立つ岬を廻りゃ
小さい世間は 吹っ飛ぶぞ     若い竜馬の 声がする
俺も行きたや 万次郎さんの    命惜しんじゃ 何も出来ん
花と嵐の 人生を         捨てて勝つ気が 明日を呼ぶ
波に浮かべて わだつみの涯て   海に貰うた 度胸の宝

次回は三十八霊場・金剛福寺



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