2008-11-19
日本周遊紀行(50)広川 「津波と浜口梧陵」
有名な広村の津波の話であります・・、
ほぼ三角形の形をした湯浅湾の最奥部の面しているのが、現在の「広川町」である。ここの海岸地帯は昔は「広村」と称して漁業を主に営む寒村だった。この村は、地形からして古くから津波で甚大な被害を受けてきた。その為、既に室町時代には豪族・畠山氏による堤防が小規模ながら築かれていたという。
阪和道の広川I・Cから国道42を目指して海岸に向けて直進すると、小高い土盛りの堤防らしき物に突き当たる。高さ約5m、延長約600mの堤防(広村堤防)であり、その一角に、「浜口梧陵」の偉業をたたえる「感謝の碑」が建っている。
今からおよそ150年前、安政元年(1854年)、紀州・広村は大きな地震(安政南海地震)とそれに伴う大津波に見舞われる。村民36名の死者を出し、住居は全滅に近い大きな被害を受けた。 浜口梧陵はこの時、道筋にあたる水田の稲むら(稲束を積み重ねたもの。浜口家の稲むら・・?)の松明で次々に火をつけ、村人を安全な場所に導いた。その後、彼は被災者の救済や村の復興に尽力するとともに、私財を投じて堤防を築いたのである。 広村堤防は、昭和21年の南海地震で津波が広村を襲ったとき、村の大部分を守ってたいう。
この実話は小泉八雲によって、明治29年の三陸沿岸の津波災害の惨状と、浜口梧陵の偉業をヒントに、「A Living God(生き神様)」という短編小説を書いている。 又、小学校教材の「稲むらの火」と題し、国語読本(5年生)にも掲載されたという。
近年では阪神・淡路大震災から10年、新潟中越大地震から数ヶ月、そして福岡西部沖地震もあった。 地震列島日本にあって、昨年のインド洋の物凄い津波被害は驚きであった。
2004年12月26日午前8時(日本時間26日午前10時)インドネシア西部、スマトラ島沖でマグニチュード9.0という史上最大規模の巨大地震が発生した。この地震により高さ10m以上もの津波が発生、インドネシア・アチェ州、スリランカ、インド、タイ、マレーシアなどインド洋沿岸諸国でこれまでに30万人を超える死者と150万人の避難者を出す最悪の津波大災害となった。
そして、あの時この時の教訓としても「稲むらの火」が注目を集めたという。
「浜口梧陵」(儀兵衛)は、1820年、房州(現在の千葉県銚子市)で醤油醸造業を営む豪商浜口家の分家の長男として、ここ紀州・広村(現在の和歌山県広川町)に生まれている。少年時代に本家の養子になり34歳ごろに七代目儀兵衛を相続している。(後年梧陵を名乗る)
安政元(1854)年、梧陵35歳の時に紀州広村において安政大地震に遭遇、私財を注ぎ込み震災の救済と復興にあたる。浜口家(ヤマサ醤油)は江戸にも店があり、千葉と和歌山を行き来するかたわら、佐久間象山に学ぶほか、勝海舟、福沢諭吉などとも親交を深めていた。 開国論を賛じ、外国と対抗するには教育が大切と、広村に「耐久舎」という文武両道の稽古場を開いている、現在の耐久中学、県立耐久高等学校の前身でもある。
幕末に生まれ、7代浜口儀兵衛という実業家としての働きと共に、卓抜した識見や人間としての気宇の大きさから明治政府にも招かれ、和歌山藩の勘定奉行や和歌山県初代の県会議長を経て中央政府で初代駅逓頭(郵政大臣・総務大臣に相当)になり、近代的な郵便制度の創設に当たったといわれる。
現在(2006年)、小泉総理の下で郵政民営化の論議が盛んであるが、(小泉首相の信条)、やがて、平成の時代には民営化はされよう。
明治期、初代の郵政大臣になった浜口梧陵は、既に郵政事業は民間に任すべし、と持論を展開していた。『郵便のごときは、これまで飛脚屋が営んできた仕事であるから、将来は民間の経営にゆだねるがよい』・・と。
梧陵は、代々の大事業家として、紀州和歌山藩の藩政改革の責任者として、又、莫大な私財を投じて津波防災堤防を建設した者として、公益の達成は国や藩自らが行わなくとも、「私」の活動を通じて社会に貢献し、実現することができると考えていたのだろう。
一方、当時の逓信改革の先鋒だった「前島 密」は、『今、日本は諸外国に比して弱小で切迫した状況下にある。中央集権の実現と海外圧力に対抗する国家の組織強化は緊急を要する。郵便通信は「国家の神経なり、急ぐことを第一」として官営の名の下での公益達成の追求が必要である』・・とした。
二人の持論は政略の無い国家的持論で、どちらも正論であったが、当時の世相論理としては前島論が支持されて、官営としての郵便網が完成している。 しかし目を転じて平成の世は如何か・・?、世界の中の日本の状況、経済の安定性、国家財政の窮迫、これらに鑑み、国は三位一体・地方分権を目指し、小さな政府で官から民へと移行しつつあるすう勢である。今にして浜口梧陵の精神が生かされる時では・・と思われるが・・?
【追記】
「郵政民営化」は、先ず郵政民営化法案が小泉内閣と国会賛同を経て平成17年(2005)に成立している。その後、議決された法律に基づき平成19年(2007)10月に実施され、郵政公社が日本郵政グループに分社化された。旧郵政省から継承されて運営してきた郵政事業は、郵政三事業(郵便・簡易生命保険・郵便貯金)と郵便局の窓口サービスを国から民間会社の経営に移行した。
梧陵は、国会の研究、開設のため欧米の見学行を企画し、65歳で欧米の制度を視察している。 大いに国家に授益せんとして海外への視察旅行中、アメリカ・ニューヨークで客死した、享年66歳だった。
生前、広村の村人たちが梧陵の積年にわたる恩に報いるため、「浜口大明神」なる神社を建てようとする動きがあった。 しかし、梧陵は頑としてそれを許さなかったという。
広川町役場前に「稲むらの火広場」の銅像が建ち、耐久中学校の校庭に「梧陵翁」の銅像が建つ。
次回は、紀州・和歌山について・・、
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【閑話休題】
「旅館、公共の宿・J-Yado」
小生などとっくに過ぎてしまったが・・、今、団塊の時代と言われて久しい。
60歳の定年期を迎えて第2の人生を歩もうとする時、これほど最大のキッカケはないのである。 例えば旅のことである。
「旅はカンフル剤」」といったのは著名な作家・五木寛之であるが、旅というのは日常空間から、日常住み慣れた地域から先ず飛び出す事から始まる。或いはヒョットすると、旅の中で第二の人生を発見出来るかもしれないのである。
「たび(旅)」の語源は不定であるが、その意味上の共通性やアクセントの面から、「とぶ(飛)」との関係や、度数を表わす「たび(度)」が「たび(旅)」が転じたものともいう。 英語でいう「トラベル」とは旅行のことで、普通にはツアー会社の旅行を想像するが、トラベルという英語の語源は「トラベイユ」(労苦、苦労の意味)、フランス語の語源「トラベラー」(拷問の意味)に近い状態であるという。 ラテン語の語源では、なんと「拷問、拷問のための責め具、拷問台」という意味もあるという。 それを受けて「つらいこと」や「苦しみ」という意に派生し、現在では「旅」という意味を持つに至っているという。 尤もで、一昔は「旅」というのは自分の脚で歩いて移動したものであって、そこには多大な苦労や苦痛があった筈である。然るに、語源の「トラベイユ」というのは納得なのである。
又、「可愛い子には旅をさせよ」という諺を例にとってみても、旅というものに対する前途多難さや、若者もしくは学を志す者たちのとって「旅」とは何らかの苦行から切り離せない意味合いが含まれているということも感じ取れる。 旅が、我々に楽しみや喜びだけを付与する存在であるとは言い切ることはできないのである。
さて、元々、若い頃より旅が好きで、今まで日本中をランダムに駆けずり回っていたが、熟年になった今日、念願かなって2006年に「日本一周の旅」を終え、現在、盛んに「日本周遊紀行」と題して回想しながらの執筆し、そしてブログに投稿中であります。
ところで、小生であるorimasa2005は、自称・旅行者と称してますが、あくまでも趣味の範囲ですが・・!。
過去に、北海道ツアーや九州へ伺った時、札幌・ススキノや熊本城下のドーミーインの癒しの湯宿・ホテル に厄介になったけど、ナカナカ良かったですよ・・!。ここのホテルの特徴は、ビジネスホテルでありながら観光ホテル並みに、大浴場や天然温泉が在ることですね。 特に、地方から東京へ出られる人は、ど真中の 「ドーミーイン東京八丁堀」 はお勧めですね、天然温泉の亀島川温泉というのが付いているよ・・!!
それでも年に数回は、高級旅館でユッタリ、ノンビリの和風の宿も いいですよね、夫婦で憧れの旅館で 何てね・・。 それでも、毎度まいど各地を訪ねる時は、やはり庶民感覚の大衆旅館や公共の宿 が普通でしょう。 それにしても今、「かんぽの宿」の売却で問題になってますね・・、合理化云々で公共の宿がどんどん減らされてゆく現状・・!、我々にとっては残念でなりませんよね・・!!。
それでも、普通の好みの旅行に出かけるには格安のツアー旅行 が一般的で多いですかね、こんな時は便利に利用しているのが近畿日本ツーリスト ですね・・、小生は、北海道、沖縄そしてスキーツアーや目的別のツアー等に多く利用してますよ・・!。 勿論、海外へチョット遠くへ出かけるには飛行機で一っ飛びは常道で、早目に予約すると相当割引になるのが嬉しいね、格安航空券のイーツアー は、つい最近ハワイへ行くのに利用しましたよ、勿論、通常のパックツアーやホテル込みの海外ツアーには時折利用してますkwどね・・。
それでも年がら年中、旅ってばかりではなく、家にいる時はノンビリ昔懐かしのTVで、フランスのワインボルドーなどを傾けながら、大迫力の広い画面で・・!ひかりTVでNHK番組 や NHKオンデマンド 、で楽しんでます。 特に、世界遺産や旅、温泉番組はいいよね・・!。
尤も、旅行以外は出不精の小生、若い頃より読書は趣味の一つで、特に好きなものは時代小説はいいですね・・!、今も、パソコンの合間に読んでます。ただ、付近に本屋が無いので、たまにはこちらビーケーワン に注文してます。 そして、昼時など、時には宅配の「吉野家の味」 を家で味わってますよ、拙宅のお年寄りも「美味いもんだね」と喜こんでいます。
それでは引続き、「日本周遊紀行」お楽しみに・・。
尚、この度、【日本周遊紀行「東日本編」】と題して、「自主本」を出版の運びと成りました。
更に、日本周遊紀行「特別編」(世界遺産関係)を近々出版する予定です。 詳細は後ほど・・・。
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