2008-11-02
日本周遊紀行(9)伊豆松崎 「松崎と依田勉三」
石廊崎を後にして再びR136へ出た。
道は一層烈しく曲折登降を繰り返し、妻良、子浦から松崎を目指す。 子浦から伊浜辺りはマーガレットの産地で「マーガレットライン」の愛称がついている。子浦の町営マーガレット畑を中心に沿道を整備し、この辺りの海岸と合わせて眺望ポイントになっているとか・・。今は時期外れで見れないが花の見ごろの3月から4月にかけては一見、キク(マーガレットはキク科の花)の様な白い花を青い空と海をバックに美事に咲かせる・・。
途中、波勝崎への標識看板を目にしたが・・、波勝崎は東日本最大の野生のサルの生息地という、波勝崎苑を中心に生息している。所詮は人間が餌をやって育てているようらしく・・、完全な野猿とは云い難いらしい・・。
伊豆半島は「山岳半島」・・とは前にも記したが・・、
この辺り伊豆西南地域も海から山がそのまま始まる様に、急峻な崖がそそり立ち、絶壁を形造っている。 衝立や屏風のような断崖があるかとおもえば、海食された岩肌は複雑怪奇な岩の洞門や洞窟のような奇岩怪岩を造り上げている。 「海金剛」:波勝崎の奇岩が乱立する海域で、和歌山の紀伊大島の東端にも同名の名所が存在する。元々は朝鮮半島、海の南北境界38度線近くの北朝鮮の景勝地を海金剛と称している、名峰金剛山から由来していると想像する・・。
「赤壁」とは・・、
波勝崎の南、松崎町界近くに、衝立岩「赤壁」がある、文字通りの赤色の断崖絶壁で、これは、かの中国長江の「赤壁」を準えたものであろう、『三国志』の中の「赤壁の戦い」の古戦場として有名になった赤壁は、後漢末期の208年、曹操と、孫権・劉備の連合軍が実際に闘った場所である・・が・当の赤壁自体はそんなに巨大なものではないようで、どちらかと言えば、その後背にある歴史的名所や陳列館が観光的に名を成しているともいう。
小生若い頃、吉川英二の「三国志」を読んでいたが、全く記憶は薄れている・・。
赤壁は島根県隠岐諸島の知夫里島の西海岸にも存し、高さ50メートルから200メートルにも及ぶ断崖絶壁が1キロにもわたって続いて雄大な眺望と自然の造形美を誇っている。又、姫路市 の海岸、八家地区に小赤壁が在る。播磨灘工業地域のド真ん中に、これだけの自然が残っていた・・。
赤壁の近くに「蛇のぼり」、「うりもりさん」といった珍名な名所もある・・。
雲見の海岸リエリアも見るべきものが多く、「千貫門」、「烏帽子岩」、「牛着岩」等、沿岸全体に言える・・。 これら何れも、陸上から望むより、海上船舶のから眺めた方が良さそうだ・・、その為か、この地域はシーカヤックやダイビングの一大スポットにもなっている。
そして松崎である。ここ北海道との関係・・?、
海、山、温泉と自然が豊かな「松崎」は歴史、文化の香りも高い。それだけに高貴な人物も輩出しているようで、芸術家・入江長八や国鉄総裁・石田礼助、依田勉三・・等。
その「依田勉三」について・・
昨年「東日本一周」で北海道十勝地方の大樹町を周遊している時、晩成温泉や晩成キャンプ場といった名称に気が付いていた。 又、今年(205年)5月、縁あって、やはり大樹町、帯広を巡った折、十勝地方の開拓については依田勉三氏の「晩成社」によることを知った。
一般に北海道の開拓といえば官主導の屯田兵や旧幕府家臣によるものが大勢である・・、 ところが帯広・十勝地方は一般民間人に拠るもので、静岡県の 「伊豆松崎」出身の依田勉三率いる晩成社(一種の会社組織)一行が明治16年に入植したのが開拓の始まりといわれる。「晩成」といえば帯広の製菓店・六花亭の銘菓「マルセイバターサンド」のマルセイは晩成から名付けたと言われる、実際に「晩成」という名のお菓子もある。また、大樹町の「晩成温泉」は、そのものの名前である。
依田家の歴史を遡ると・・、
依田家のルーツは信濃源氏だといわれ、代々信濃国小県郡依田村(現在の長野県小県郡丸子町)の依田城に居をおく豪族であった。平家追討の兵をひきいる木曽義仲をこの城に迎え入れたという記録もある。
戦国期依田氏は甲州武田氏に属し、武田勝頼のために駿河と遠江の城を守っていた。武田信玄病歿後、後を継いだ勝頼も、天目山(山梨県大和村)の戦いで織田信長の軍に敗れ、ついに武田氏は滅亡してしまう。
こうして依田一族は伊豆の松崎へ隠遁し、やがて人里はなれた大沢の里に居を構えたという。その後、代々庄屋として山林の伐採、炭焼きで江戸との通商を行い、財を成すようになった。
時は移り江戸末期、「勉三」は依田家の三男として生まれている、家歴、家業を知る勉三は幼少時分より開拓精神を植つけたらしい。少青年期は勉学に励み、慶応義塾にて福沢諭吉の講義も受けたという。 やがて未知の北海道へあこがれ、明治初期ついに単身現地へ渡り、人跡未踏の十勝原野の踏査にとりかかった。そして帰郷後の翌15年、兄の佐二平(松崎町の名士)に十勝の将来性を力説して、農場建設のために兄を社長とする「晩成社」を設立した、社名は「大器晩成」にちなんだものという・・。
明治16年3月、晩成社開拓団27名は北海道向け出発した・・。
十勝地方は秋田県ほどの面積に匹敵し、十勝連峰や大雪山系をひかえ、そこから流れ出る簾のような大小河川が十勝平野の肥沃な大地を形造っている。そこの中心に在るのが帯広市である。帯広を含む十勝地方は農業が主産業で・・、その殆どが大型機械による大規模畑作営農が中心であり、周辺の農家1戸あたりの平均耕地面積は約30haで、北海道の平均17ha、全国の平均1.6haを大きく上回っているという。
伊豆松崎町と帯広市は硬い契りの「友好姉妹都市」を結び、役所前には提携記念塔もある・・。平成14年、帯広市は開基120年に当たる。これらを記念して書籍「依田勉三の生涯」を出版(潮出版社)又、この本を元に映画「新しい風・若き日の依田勉三」が昨年大公開された。松竹映画配給:出演は北村一輝、富田靖子、風間トオル、岩崎ひろみ、曽根英樹、他・・、尚この映画は第38回ヒューストン国際映画祭でグランプリに輝いている。
松崎町より内陸方向へ4kmほど那賀川沿いを行くと、「道の駅・花の三聖苑」がある。
三聖とは、幕末の漢学者である土屋三余、明治期の実業家として名を馳せた依田佐二平、その弟で北海道・十勝平野の開拓者である依田勉三をいう、幕末から明治期にかけて活躍した松崎出身の三人の偉人たちのことである。
1kmほど先に大沢温泉が在り、、大沢温泉ホテルを営む依田邸の母屋がある。
約320年前、元禄年間初期の建築だろうという、江戸時代の重厚な庄屋建築の面影を残している。 道の駅の公園入口には、直径11mの巨大で且つユニークな花時計があり、時報ごとに違う曲が流れるという。さらに苑内には、日帰り温泉施設で、男女別の岩風呂と、清流の音を聴きながら入れる露天風呂を備えた温泉会館「かじかの湯」がある。
今夜はこの温泉に浸かりながら・・。
次回は、西伊豆へ・・、
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【閑話休題】
「旅館、公共の宿・J-Yado」
小生などとっくに過ぎてしまったが・・、今、団塊の時代と言われて久しい。
60歳の定年期を迎えて第2の人生を歩もうとする時、これほど最大のキッカケはないのである。 例えば旅のことである。
「旅はカンフル剤」」といったのは著名な作家・五木寛之であるが、旅というのは日常空間から、日常住み慣れた地域から先ず飛び出す事から始まる。或いはヒョットすると、旅の中で第二の人生を発見出来るかもしれないのである。
「たび(旅)」の語源は不定であるが、その意味上の共通性やアクセントの面から、「とぶ(飛)」との関係や、度数を表わす「たび(度)」が「たび(旅)」が転じたものともいう。 英語でいう「トラベル」とは旅行のことで、普通にはツアー会社の旅行を想像するが、トラベルという英語の語源は「トラベイユ」(労苦、苦労の意味)、フランス語の語源「トラベラー」(拷問の意味)に近い状態であるという。 ラテン語の語源では、なんと「拷問、拷問のための責め具、拷問台」という意味もあるという。 それを受けて「つらいこと」や「苦しみ」という意に派生し、現在では「旅」という意味を持つに至っているという。 尤もで、一昔は「旅」というのは自分の脚で歩いて移動したものであって、そこには多大な苦労や苦痛があった筈である。然るに、語源の「トラベイユ」というのは納得なのである。
又、「可愛い子には旅をさせよ」という諺を例にとってみても、旅というものに対する前途多難さや、若者もしくは学を志す者たちのとって「旅」とは何らかの苦行から切り離せない意味合いが含まれているということも感じ取れる。 旅が、我々に楽しみや喜びだけを付与する存在であるとは言い切ることはできないのである。
さて、元々、若い頃より旅が好きで、今まで日本中をランダムに駆けずり回っていたが、熟年になった今日、念願かなって2006年に「日本一周の旅」を終え、現在、盛んに「日本周遊紀行」と題して回想しながらの執筆し、そしてブログに投稿中であります。
ところで、小生であるorimasa2005は、自称・旅行者と称してますが、あくまでも趣味の範囲ですが・・!。
過去に、北海道ツアーや九州へ伺った時、札幌・ススキノや熊本城下のドーミーインの癒しの湯宿・ホテル に厄介になったけど、ナカナカ良かったですよ・・!。ここのホテルの特徴は、ビジネスホテルでありながら観光ホテル並みに、大浴場や天然温泉が在ることですね。 特に、地方から東京へ出られる人は、ど真中の 「ドーミーイン東京八丁堀」 はお勧めですね、天然温泉の亀島川温泉というのが付いているよ・・!!
それでも年に数回は、高級旅館でユッタリ、ノンビリの和風の宿も いいですよね、夫婦で憧れの旅館で 何てね・・。 それでも、毎度まいど各地を訪ねる時は、やはり庶民感覚の大衆旅館や公共の宿 が普通でしょう。 それにしても今、「かんぽの宿」の売却で問題になってますね・・、合理化云々で公共の宿がどんどん減らされてゆく現状・・!、我々にとっては残念でなりませんよね・・!!。
それでも、普通の好みの旅行に出かけるには格安のツアー旅行 が一般的で多いですかね、こんな時は便利に利用しているのが近畿日本ツーリスト ですね・・、小生は、北海道、沖縄そしてスキーツアーや目的別のツアー等に多く利用してますよ・・!。 勿論、海外へチョット遠くへ出かけるには飛行機で一っ飛びは常道で、早目に予約すると相当割引になるのが嬉しいね、格安航空券のイーツアー は、つい最近ハワイへ行くのに利用しましたよ、勿論、通常のパックツアーやホテル込みの海外ツアーには時折利用してますkwどね・・。
それでも年がら年中、旅ってばかりではなく、家にいる時はノンビリ昔懐かしのTVで、フランスのワインボルドーなどを傾けながら、大迫力の広い画面で・・!ひかりTVでNHK番組 や NHKオンデマンド 、で楽しんでます。 特に、世界遺産や旅、温泉番組はいいよね・・!。
尤も、旅行以外は出不精の小生、若い頃より読書は趣味の一つで、特に好きなものは時代小説はいいですね・・!、今も、パソコンの合間に読んでます。ただ、付近に本屋が無いので、たまにはこちらビーケーワン に注文してます。 そして、昼時など、時には宅配の「吉野家の味」 を家で味わってますよ、拙宅のお年寄りも「美味いもんだね」と喜こんでいます。
それでは引続き、「日本周遊紀行」お楽しみに・・。
尚、この度、【日本周遊紀行「東日本編」】と題して、「自主本」を出版の運びと成りました。
更に、日本周遊紀行「特別編」(世界遺産関係)を近々出版する予定です。 詳細は後ほど・・・。
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